色の違う世界

 熟したトマトは何色でしょう? 

 この質問を100人にすれば、100人が「赤」と答えることでしょう。  

 

 しかし熟したトマトは本当に「赤」なのでしょうか?  

 

 人間の目が物体の存在を確認することができるのは光があるからです。 

 光が物体に当って反射し、それが目に届くことにより「物が見える」という現象が起きます。  

 光は元々全ての色素を持っています。 

 その中で何を反射し、何を吸収するかによって物体の色は決まります。  

 赤く見える物は、光の中の赤の色素だけを反射し、他の色素を吸収するから、反射された「赤」を人間の目が捉え、「赤色の物」と脳が判断します。 

 青く見える物も同様に、反射された青を捉えることで「青」と判断されますし、白く見える物は、光を全て反射するので「白」。黒く見える物は、光を全て吸収してしまうので、「黒」に見えるのです。  

 すると、トマトが「赤」に見えるのは、光の中にある「赤」を反射、放出し、他の色を吸収することで「赤」と認識されるわけです。  

 

 動物でも植物でも、いらない物を排出し、欲しい物を取り込んでいくのは当然の生理現象。 

 トマトも「赤」がいらないから放出し、他の色が欲しいから吸収しているのではないでしょうか?    

 

 

 これを人間に置き換えてみます。 

 赤やピンク、黄色やオレンジなどで派手に着飾っている人。

 外見が派手ということは、その色を放出し、それ以外のものを内面に押し込んで見えなくしている…。

 もしかしたら、心の中では深い悲しみ、寂しさを抱えているのかもしれません。 

 内にある気持ちを抑え、明るく元気に見せるために意識的に、または無意識に派手な色を好んで着るのかもしれません。 

 外見は心の中の裏返し。 

 明るく派手な色を放出することで、重く沈んだ心とのバランスを取っているのかもしれません。 

 外見は派手かもしれませんが、「本当の色」は全く派手ではないのです。   

 

 

 「赤」を反射するから赤く見えるトマト。  

 

 「本当の色」は何色なのでしょう?

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無限大の世界

 「果てしなく大きい感じ」

 そんな漠然としたイメージしか湧いて来ない「無限大」という言葉。

 それをイメージするために、まずは「小数の世界」の住人のことを考えてみて下さい。

 

 小数点以下の数しかない世界。

 何でも小数で表すことでしょう。

 小数の世界のりんご1個は、我々の世界の数で表せば「.00000……001個」ということになるのでしょうか。

 小数点より大きい数、つまり1以上の整数は考え付くこともありません。

 

 「一番大きい数は?」

 と問われたとき、我々は直感的に「9」が果てしなく並んでいる 数を想像することでしょう。

 小数の世界の住人も、恐らく同じことを考えます。

 小数点以下に「9」が果てしなく並んでいる数を。

 しかし、そこに「1」を足せば繰り上がり、一桁増えるだけで書き表せることに気付き愕然とします。

 小数の世界でも、小数点以下の数が1桁増えるだけに過ぎないのです。

 

 小数の世界では小数点の上の位、つまり「1の位」という感覚がありません。

 これは、小数の世界にとって、「1」が無限大であることを示します。

 小数点以下では絶対に表れることのない「1」という整数部分。

 それが無限大なのです。

 

 これを通常世界に置き換えて考えれば、「整数では表せない、整数の1つ上の単位」ということになります。

 それこそが「無限大」なのです。

 

 小数の世界では、掛け算すると数は小さくなり、割り算すると数は大きくなります。

 整数の世界では、掛け算すると数は大きくなり、割り算すると数は小さくなります。

 無限大の世界では、果たしてどのような法則になるのでしょうか?

 もし我々がそれを理解することができたなら、不可能と言われていることが可能になって来るのかもしれません。

 

 

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